嘘八百

国擬人化っぽいものを置いてあります。「始めに」は必読。

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せっかくの祝日、少し日本人について私がいつも思っていることを書いてみたいと思います。少し長くなりますがぜひ最後まで読んでください。
昨日のブログに私は「主座」と言う言葉を使いました。これは言い替えれば日本人として自分を失わないで、自主性、主体性をもって先人の教えを受け入れ尊びつつ、これを生かしていく事が日本人の国民性であり、日本の伝統の精神だと言うことです。
その中には聖徳太子の十七条憲法と言うものがあります、その第一条には「和をもって貴しとなす」と書いてあるのはご存知ですね、今日、国連でもそうした平和の精神がうたわれています、そうした平和の精神、和を貴ぶ心は日本においてはすでに1300年以上も前から国家の基本の法律である憲法の、しかも第一条にはっきりと掲げられているのです、まだ人の和もそれほど進んでいない1300年前にそれを国の憲法の第一条にはっきりうたって、国家経営の指針とした国が果たして他にあったでしょうか。私は日本人には世界の他の国民よりまして、大戦の教訓だけではなく、本来平和愛好に対する念に強いものがあり、そういうところに、日本人としての伝統精神の一つが根底にあるのではないかと思っています。
人間にはもろももろの欲望を持っています、人間の歴史をたどってみても一面、戦争の歴史だと言っても過言ではありません。でも不思議なことにつねに「和をもって貴しとなす」という価値観をもっていることで適当に制御されることも事実です、もちろんそういう好ましい姿が常に現れていたと言うわけでありません、時には人間の欲望というものが和を貴ぶ精神を上回り伝統の精神をいささか見失って平和を乱すような姿が現れたことも、日本の歴史上、ありました、しかしそうした時でも伝統の精神はやはり日本人の心の根底に行き続けて来たのではないかと思っています。たとえば戦国時代、いくさはやむ得ずしましたが、しかし負けた相手に対しては十分敬意を表して弔う、当時の武士(もののふ)の道、人の道としました。そこには単に憎しみを持って相手を倒すという違ったものがあるのではないかと思います。だからこそ戦国時代が終わり、徳川幕府が250年もの長きに渡って太平の世が続いたわけです。60年以上も戦争をしていない国は日本を含めて本当に少なくなりました。中国など内戦もさることながらベトナムまで侵略戦争を仕出かしています。韓国は今でも休戦であり、戦争が継続している状態です、だから韓国は北朝鮮とうわべの平和よりまず終戦を決議しなければいけない、それが先決です、ですから彼らは日本に対して非平和国家などと言う権利はまったく存在しないということです。
このことは単純に考えても誰でもわかることですよね。もとより、日本の伝統、日本人の特質は「衆知を集めること」「主座を保つこと」「和を貴ぶということ」です、日本人は報恩の念に厚いといわれています。キリスト教の強い国、共産主義国家などは韓国も含めて権利とか義務というものを中心に物事を考える場合が多いと思います、では日本人はどのように考えるでしょうか。たとえば恩返しという言葉がありますがこれをしていただいたからそれ以上に返さなくてはいけないという精神を持っていませんか、一をしてもらったならば当然一を返せばよいと思いますが権利や義務的な精神で考えた場合は一だけを返せばいいわけです、しかし報恩の念に立てば一だけを返してもまだ足りないのでないか、つまり物の面にとどまらず、物と心の両面を同時に日本人は考える、そういうところに日本人の一つの特質があると思います。つまり日本人はもっとも人間らしい心の働きを持っていると思わざるを得ないのです。また気配りとか心くばりとか、自然や美を愛する心とか、そして礼節を重んじるとか、また他の民族より勤勉であるなど日本人は先祖代々受け継いできたのではないかと思っています。だからこそ日本人は、本来人間が持っているもっとも人間らしい精神が、日本特有の気候風土そして長い歴史上の体験などによって少しずつ磨かれて我々日本人の遺伝子の中に組み込まれ今に至っているものと思います。しかし今日、日本人はそのような日本の伝統精神というものを見失いつつあるのではないかと私は何度も言ってきました。悲しいかな戦後教育そしてマスメディアの悪しき環境破壊により伝統の精神が日本人の間から薄れつつあります、日本の歴史、伝統を尊び、日本人として物事を行うというのではなく、むしろそれを軽視したり、あるいは一部人間が国家批判のために利用し否定するような連中が存在することも事実です、日本人とは何かを忘れ、欧米思想にに埋没したことが社会の混乱、混迷が生じた大きな原因がそこにあるのではないでしょうか。
そうした姿こそがいわば、日本の伝統精神の喪失というべきものかも知れません。
以前にも私は頑張ろう日本人と言う表題でブログを書きました、日本は第二次といいますか大東亜戦争で米英をはじめ、世界の多くの国々と戦火を交えました、最後の一年はほとんどが国内の空襲で数多くの都市が焼夷弾によって一方的に攻撃を受けました、その結果、日本はわずか一年の間に全てのものが破壊されて、一面の焼け野原になってしまいました。私は戦後生まれですので小さいとき、隣のかじやに大きなドラム缶があり、そこで入浴を済ませたものです、お湯の上に蓋が浮いており、あわてて入ると蓋がひっくり返り大やけどをしてしまいます、ゆっくり体を沈めて入るコツがあったものです、全てが子供にとって冒険です、物が全ておもちゃになりました、物がない貧乏な生活でしたが全ての物に心があったと思います。だからこそ物を大切にしたと思います。
終戦当時の日本においては、多くの日本人は住む家がなく、着る服もなく、またその日の食べる物さえこと欠くといった状態だったと思います、しかし不思議なことに我々子供たちは、物がなくても楽しい思い出がいっぱいでした、瓦礫の山でも楽しい遊びの場になったのです、柳の木を切り、皮を剥いて刀にし毎日がチャンバラです、大友柳太郎の丹下左善や鞍馬天狗の嵐寛寿郎などの真似をし私はいつも年上の人の命令で天狗と盗賊の役でした。中には悪い先輩がいて自転車のブレーキのパイプなどを利用し空気銃を作ります、それを撃たせてくれるんです、ですから小さなときから自然に危険というものを覚えたものです、また隣町とけんかが始まります、それはめんこの場所の奪い合いから始まりますが柳の木でたたきあう事から戦争布告です。しかし誰一人として怪我などしたことがありません、それは経験上お互いにどこまで危険なのかを知っているからです。上下の関係が強く、しかし年上の人は面倒見がよかったと今でも思っています、そのような中から年下の面倒を上のものがみるという伝統が生まれたのではないでしょうか、特に言葉遣いなど非常に厳しいものがあったと思います。よく学びよく遊び、その中からいろいろな発見をしたものでした。
しかし大人にすれば瓦礫の山を前にして呆然ととしてなすすべを知らないようなありさまではなかったと思います。今の一部的破壊戦争と違い、焼夷弾による攻撃でしたので全てが焼き尽くされ、焼け野原だった、しかし日本人はお互いに助け合い、勇気を持ってわが家の、わが町の、そして日本の復興に、再建に取りかかったのです。
そして世界の人々が驚くほどの日本の奇跡をわが先人は成し遂げたのです。
なぜ、あれだけ敗戦の痛手と焼け野原を見ながら日本は内戦状態にもならず、戦後復興を短期間でやり遂げたのでしょう、そしてなぜ世界第二といわれる国家を作り上げたのでしょうか、私は一つは日本の教育水準、特に教育の普及度が世界の各国より高かった、また米国の食料援助もありましたがやはり日本の教育の水準が非常に高かったと思っています。しかしこれだけではあれだけの日本に奇跡が起きたか、一番大切な忘れてならない最大の要因は復興に取組んだ我々の先輩である日本人自身の心の中に、お互いをなにくそ、俺たちは負けないという何ものかがあったからだと思います。
困難に立ち向かい、歯をくいしばって奮起し、努力してきた何かが、日本人自身の心の中にあったからこそ、戦後のわずかな期間で世界がおどろく復興再建が成し遂げられたと思っています。皆さん世界を見てください、あれだけ援助を受けていながら日本ほど生かし得た国はありますでしょうか、韓国や中国を見てご覧なさい、どれだけの時間を要しているのでしょうか、今まだODAを要求していますね。
なぜでしょうか、なぜ我々の日本だけが世界の国々と違うのでしょうか、それは日本人の心の中にあったものこそ、私が述べてきたような長い日本の歴史を通じて培われ、いつの時代の人々の心の中にあったと思われる、日本人としての伝統の精神、いわゆる日本精神を一人一人の日本人が持っているからなのです。
物は全て焼けてしまいました、しかし精神は焼けません、ずっと永遠に残っていたのです、だからこそ我々の先人は戦後復興を成し遂げることが出来ました。
だからこそ、その貴重な日本人の伝統の精神を失ってはいけないのです。いや日本人は世界においてまれに見る優秀な民族です、誇り高きどの民族にも負けないすばらしい伝統と歴史、そして文化を持った民族です、過去の戦争を通じて占領軍はまず日本人をおとなしく精神的に弱くすることから支配を始めました、そして大和魂や武士道精神などが戦争の愚とされ、この日本人の伝統の精神を弱め、薄れさせることで占領政策が行われ、実行されました、しかし伝統の精神を弱体化し、西欧文化を注入しようとも心から排除することは出来ません、そこで教育の面でまず歴史を教えないようにし、日本の過去を日本人の目に触れさせない、愛国心を教えない、いつも自虐心を持たせることで今までの伝統的な道義道徳を教えてはならないという教育を進駐軍は占領政策としてとってきたわけです、さらに新憲法をの制定を行い、欧米の自由、権利を中心とした考え方や制度というものを導入したのです。
では、戦後60年という歳月の中で日本人はどのような姿に生まれ変わったでしょうか。はたして、日本人は幸せな国民生活を営んでいるでしょうか、物が豊富でこのいたせりつくせりの社会は日本人をどのように変えたでしょうか、こんなに恵まれていながら先人のつらかつたことも忘れて、又そのころの先人の努力など勉強もしていないことでもありますが気に食わなければ文句をいい、わがままになった日本人、今日の日本のすがたをみればあまりにも好ましくない問題がたえず起こっているのではないでしょうか。
連日のように人が殺され、傷つけられ多くの尊い人命が失われています、また放火や強盗など数多くの犯罪が横行しています。全てが道義・道徳心の低下、そして不信感に基づく対立や争いなど数えればきりがないほど社会が乱れています。
よく考えれば日本人は戦後一貫して日本の心を忘れ、経済発展だけに心を奪われ、日本人として精神のあり方についてほとんどが省みることがなかったと思います、ですから国家の指針が見えなく国民は右往左往するばかりだったと思います。ですから新教宗教がブームとなったり、極端に言えば日本の精神が乱れに乱れ、国民は心の支えとなるようなものをどこに求めたらいいのかわからないといった状態が続いたのではないのでしょうか。だからこそ心の文化は破壊はされなかったものの、少なくても次第に伝統の精神がうすめられ、弱められてきたと思います。
だからこそその弊害がこの治安の乱れなどに現れているのではないでしょうか。
しかし日本人の精神はまだ破壊はされていません、しっかりと残っているのです、日本人が日本人であるという本質自体は少しも変わっておりません、なぜなら我々が住んでいる国土は同じ日本人が住む国土であり、その体の中には、先祖代々の日本人の血が脈々と流れています。ですから潜在的に日本人の伝統の精神が残っていると私は確信をしています。
今こそ、心にひそむ日本の伝統の精神のよさを生かさなければ大変な事になると思います。私は日本人は必ず復活すると思っています、それは日本人が世界で類を見ないすばらしい民族だからです。日本人は自信を持つべきです、日本人は最高なのです、もっともっと日本人であることに誇りを持ちましょう。日本人として西欧型民主主義を改善し日本型の民主主義を作っていきましょう、今一度、贅沢、わがままを見直し、自分を見つめなおそうよ。日本人は頑張り屋です、どのヨーロッパ諸国を見てもほとんどが日本から遅れをとっています、それは私がビジネスで100回以上も渡航した経験からわかります、決して観光旅行ではわからないと思います、また政治家など絶対わかるはずがありません、建て前論や教科書の中身だけで考え、舶来的価値観でとらえているのに過ぎません、私にはわかります。初めてビジネスの付き合いをしてこそ理解が出来ました、なんと日本人はすばらしいことか。道義もわかる、卑怯なことをしない、うそをつかない、そして忍耐、努力、我々の民族が作った自信あるメードインジャパンというブランド商品、全てが優れています、相手国の従業員を使うことで本当に日本人の頭のよさもわかります。それは物にに対する心と人に対する気配りが日本人にあるからです。だから日本はすごいんです。皆さん堂々と自分は日本人だと意識してほしいと思います。
さぁみんなで頑張ろうよ、元気を出して日本人プライドを持って頑張ろう。
大変長くなりましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

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